こんにちは。宮本です。
国道1号線の小田原の風祭に、友栄という有名なうなぎのお店がありますね。
その近くに、太閤という観光客用みたいなお蕎麦屋さんがあるんですよ。
こんな場所でデカい看板で、いかにも観光客向けっぽい印象を持ってたんですよね。
裏の道からも入れて便利なんですけどね。
昔、ひこバンバンって言う店がこのへんにあったんですけどね。
ひこバンバンがなくなって、なんていう名前だか忘れましたが似たようなお店になって、また潰れてましたね。
そんなのも、もう20年くらい前でしょうけど。
今で言うすたみな太郎みたいなお店でしたね。
ひこバンバン、イケアに行くとき、横浜で発見しました。
今もあるんですね。
て言うか横浜、ラーメン屋多過ぎですね。
みんな横浜系だし。
小田原系というか大西みたいなラーメンも増えればいいのに(笑)
蕎麦が食いたいって人がいて、他が混んでたのか、とりあえず太閤に入ったんです。
で、ざるそばを食べたんですね。


ざるそばだけだったのかも知れませんね。
天ざるだったら天ぷらの写真も撮ってたと思うんです。
行ったの、3月ですからね。
まだ平成だった頃ですよ。
まだあちこちに、平成の風情の残る街並み、残ってますよね。
ここもいかにも平成なお店で、平成っぽいお蕎麦ですね(笑)
ま、先程出てきたひこバンバンなんて、昭和の頃のお話でしたけどね。
もう小田原の人でも知らない人、多いんじゃないでしょうかね。
焼肉と言ったらひこバンバンだったんですよね。
私は子供会かなんかのアレで、1回行ったかそれくらいでしたけど、そんなに家庭で肉を食える環境ではなかったので、嬉しかった半面、焼肉なんてそんなに美味しくないな、という印象を持ったことを覚えています。
今は美味しい焼肉屋さんがいっぱいありますけど、昔はそんなになかったでしょうしね。
ホルモン屋さんはありましたけど、そんなのガラ悪いおっさんばっかで、怖くて子供は行けるはずないですし。
大学生くらいになって、鴨宮の俱瑠泪と言う焼肉屋に連れてってもらって、煙たくないし、焼肉ってこんなに美味かったのかと知るまで、焼肉にいいイメージは持ってなかったですね。
肉だけをそんなに食べていいのか、と思ってましたね。
家庭で肉が出るときって、豚肉を炒めたのや野菜炒めみたいなのにちょっと入ってるのがほとんどで、たまに豚カツとか唐揚げが出る程度で、給食だってそんなもんでした。
魚ならわかるんですが、肉ばっかっていうのは不健康というか、悪いイメージ持ってたようなんですよね。
当時は食も細かったし、すぐ胸焼けしてたと思うんです。
もう酒は飲んでましたが、アテは乾きもの中心で、調理したものはおつまみにしてなかったんですよね。
多分、ひこバンバンでは、いいカルビやロースなんかはあんまり置いてなくて、安い部位が多かったんだと思いますよ。
安い部位って言うと、硬くて噛み切れないような、例えばミノみたいなのが多かったんだと思います。
まだ牛肉なんて輸入品が少ない頃だから、いい部位は相当高かったはず。
子供だから、名前聞いてもどの部位だとか知りませんし、実際に焼いてみないとどんな味がするのかも知らないから引いてしまい、焼きそばみたいなのばっか食ってたかも知れませんね。
あの焼きそば、給食の焼きそばに近い味わいと食感でね。
それがひこバンバンだったかは定かではありませんが、焼肉食べ放題のお店に行って、焼きそばばっかり食ってた記憶があるんですよね。
当時は引っ込み思案だったからか、席を立って料理や肉を取りに行くのも嫌でね。
昔の記憶ってセピア色って言いますけど、まさにそれ。
なんか、焼肉食べ放題に行ったの、あんまりいい思い出じゃなかったような。
今まで忘れてたのに、書きながら「そう言えば...」と思い出した感じ。
中学校以前の記憶って、正直、あんまり残ってないんですよね。
思い出したくないことが多いんだと思います(笑)
いや、いじめられてたとかそういうのはないんですけどね。
その頃、家族が次々と亡くなったりしてましたから。
7人家族が、数年で4人家族になっちゃいましたからね。
それから20数年経ったら8人家族になってましたけどね。
人生、どうなるか、わからないものですね。
まさか不動産屋やってるとか、思いもしませんでしたね。
メディアに 不動産屋=地上げ屋=暴力団 みたいなイメージを植え付けられてましたから。
実際、そういう(自称)不動産屋、周りにもいましたからね。
みんな真っ黒に日焼けしててね。
左手だけ白い人もいましたね。
今よりもゴルフやる人、多かったんですよね。
若い頃は不良だったんだろうな、みたいな人が多くて、爽やかな青年みたいなイメージが全くなかったですね。
カネのために仕方なく入った業界でしたが、案外、すぐ面白いなと思えちゃってね(笑)
それでこの業界にずっといるんですよね。
私にこの業界に入るように言った人がいるんですが、その人は、私がまだ不動産をやってることを知ってるんでしょうかね。
当初の目的がカネのためなのか、私を遠ざけたかったためなのか、それとも私に不動産屋の適性を感じたからなのか、今となっては知る由もありません。
仕事として好きなことがやれるって言うのは幸せなことです。
どう考えても自分に向いてない仕事なら、変えたほうがいいこともあります。
カネやプライドより大事なことは、自分が幸せであることだと思います。
カネがあることやプライドが保てることも幸せなのかも知れませんが、それにしがみついて無理をしなくてはならなかったり、不幸だと思ってしまっているようなら、それは少し違うような気がします。
転職には不安が付きまといますが、自分の可能性、もっと信じたほうがいいですね。
周りから見たら無理してそうでも、自分では幸せだと思ってるんだったらいいですけどね。
好きなことはカネにならない、ということも多いですし、趣味と実益を兼ねた仕事をやれている幸運な人なんて少ないです。
ま、「世の中、カネが全て」で、「人生、幸せかどうかはカネ次第」なんですけどね(笑)
「地獄の沙汰もカネ次第」という格言があるくらいです。
たくさん稼いでおきましょうね(笑)
最後までお読みくださりありがとうございます。
課金されたり変なサイトに飛んだりしませんので、応援してくださる方は
↓ここをクリックお願いいたします。

不動産・土地ランキング
国道1号線の小田原の風祭に、友栄という有名なうなぎのお店がありますね。
その近くに、太閤という観光客用みたいなお蕎麦屋さんがあるんですよ。
こんな場所でデカい看板で、いかにも観光客向けっぽい印象を持ってたんですよね。
裏の道からも入れて便利なんですけどね。
昔、ひこバンバンって言う店がこのへんにあったんですけどね。
ひこバンバンがなくなって、なんていう名前だか忘れましたが似たようなお店になって、また潰れてましたね。
そんなのも、もう20年くらい前でしょうけど。
今で言うすたみな太郎みたいなお店でしたね。
ひこバンバン、イケアに行くとき、横浜で発見しました。
今もあるんですね。
て言うか横浜、ラーメン屋多過ぎですね。
みんな横浜系だし。
小田原系というか大西みたいなラーメンも増えればいいのに(笑)
蕎麦が食いたいって人がいて、他が混んでたのか、とりあえず太閤に入ったんです。
で、ざるそばを食べたんですね。


ざるそばだけだったのかも知れませんね。
天ざるだったら天ぷらの写真も撮ってたと思うんです。
行ったの、3月ですからね。
まだ平成だった頃ですよ。
まだあちこちに、平成の風情の残る街並み、残ってますよね。
ここもいかにも平成なお店で、平成っぽいお蕎麦ですね(笑)
ま、先程出てきたひこバンバンなんて、昭和の頃のお話でしたけどね。
もう小田原の人でも知らない人、多いんじゃないでしょうかね。
焼肉と言ったらひこバンバンだったんですよね。
私は子供会かなんかのアレで、1回行ったかそれくらいでしたけど、そんなに家庭で肉を食える環境ではなかったので、嬉しかった半面、焼肉なんてそんなに美味しくないな、という印象を持ったことを覚えています。
今は美味しい焼肉屋さんがいっぱいありますけど、昔はそんなになかったでしょうしね。
ホルモン屋さんはありましたけど、そんなのガラ悪いおっさんばっかで、怖くて子供は行けるはずないですし。
大学生くらいになって、鴨宮の俱瑠泪と言う焼肉屋に連れてってもらって、煙たくないし、焼肉ってこんなに美味かったのかと知るまで、焼肉にいいイメージは持ってなかったですね。
肉だけをそんなに食べていいのか、と思ってましたね。
家庭で肉が出るときって、豚肉を炒めたのや野菜炒めみたいなのにちょっと入ってるのがほとんどで、たまに豚カツとか唐揚げが出る程度で、給食だってそんなもんでした。
魚ならわかるんですが、肉ばっかっていうのは不健康というか、悪いイメージ持ってたようなんですよね。
当時は食も細かったし、すぐ胸焼けしてたと思うんです。
もう酒は飲んでましたが、アテは乾きもの中心で、調理したものはおつまみにしてなかったんですよね。
多分、ひこバンバンでは、いいカルビやロースなんかはあんまり置いてなくて、安い部位が多かったんだと思いますよ。
安い部位って言うと、硬くて噛み切れないような、例えばミノみたいなのが多かったんだと思います。
まだ牛肉なんて輸入品が少ない頃だから、いい部位は相当高かったはず。
子供だから、名前聞いてもどの部位だとか知りませんし、実際に焼いてみないとどんな味がするのかも知らないから引いてしまい、焼きそばみたいなのばっか食ってたかも知れませんね。
あの焼きそば、給食の焼きそばに近い味わいと食感でね。
それがひこバンバンだったかは定かではありませんが、焼肉食べ放題のお店に行って、焼きそばばっかり食ってた記憶があるんですよね。
当時は引っ込み思案だったからか、席を立って料理や肉を取りに行くのも嫌でね。
昔の記憶ってセピア色って言いますけど、まさにそれ。
なんか、焼肉食べ放題に行ったの、あんまりいい思い出じゃなかったような。
今まで忘れてたのに、書きながら「そう言えば...」と思い出した感じ。
中学校以前の記憶って、正直、あんまり残ってないんですよね。
思い出したくないことが多いんだと思います(笑)
いや、いじめられてたとかそういうのはないんですけどね。
その頃、家族が次々と亡くなったりしてましたから。
7人家族が、数年で4人家族になっちゃいましたからね。
それから20数年経ったら8人家族になってましたけどね。
人生、どうなるか、わからないものですね。
まさか不動産屋やってるとか、思いもしませんでしたね。
メディアに 不動産屋=地上げ屋=暴力団 みたいなイメージを植え付けられてましたから。
実際、そういう(自称)不動産屋、周りにもいましたからね。
みんな真っ黒に日焼けしててね。
左手だけ白い人もいましたね。
今よりもゴルフやる人、多かったんですよね。
若い頃は不良だったんだろうな、みたいな人が多くて、爽やかな青年みたいなイメージが全くなかったですね。
カネのために仕方なく入った業界でしたが、案外、すぐ面白いなと思えちゃってね(笑)
それでこの業界にずっといるんですよね。
私にこの業界に入るように言った人がいるんですが、その人は、私がまだ不動産をやってることを知ってるんでしょうかね。
当初の目的がカネのためなのか、私を遠ざけたかったためなのか、それとも私に不動産屋の適性を感じたからなのか、今となっては知る由もありません。
仕事として好きなことがやれるって言うのは幸せなことです。
どう考えても自分に向いてない仕事なら、変えたほうがいいこともあります。
カネやプライドより大事なことは、自分が幸せであることだと思います。
カネがあることやプライドが保てることも幸せなのかも知れませんが、それにしがみついて無理をしなくてはならなかったり、不幸だと思ってしまっているようなら、それは少し違うような気がします。
転職には不安が付きまといますが、自分の可能性、もっと信じたほうがいいですね。
周りから見たら無理してそうでも、自分では幸せだと思ってるんだったらいいですけどね。
好きなことはカネにならない、ということも多いですし、趣味と実益を兼ねた仕事をやれている幸運な人なんて少ないです。
たくさん稼いでおきましょうね(笑)
最後までお読みくださりありがとうございます。
課金されたり変なサイトに飛んだりしませんので、応援してくださる方は
↓ここをクリックお願いいたします。

不動産・土地ランキング














