こんにちは。宮本です。
セブンイレブンのチーズカレーパンを買ってみました。


見た目は普通。

やたらふっくらしているので、風船のようになってるんでしょうね。
齧ると潰れるので、食べやすくなります。
チーズ感はないですね。
出てきた(笑)

あっためないとダメでしょうね(笑)
糸引く感じじゃないと、チーズ入ってるとは言えないですからね(笑)
やきそばパンなんかと一緒に棚に陳列されてるやつよりも辛い印象があったんですけど、そこまでは辛くないですね。
カリカリ感もあっていいですね。
パンって言いますけどドーナツですからね。
揚げ物です。
古典のとき、「春は揚げ物」ってよく言いましたよね(笑)
「春はあげぽよ」は流行りましたけど、もう誰も言わなくなりましたね。
言っても失笑をいただくだけですからね。
あれ、普通に随筆だからですけど、古文で五七五になってないの、違和感ありますよね(笑)
源氏物語も竹取物語も平安期の文章なんでしょ。
平家物語とか徒然草とか方丈記あたりになると別にそうは思わないんですけど、いかにも平安時代な文章だと、五文字と七文字の組み合わせじゃないと気持ちが悪いっていうか、慣れるまで少しだけ時間を要するっていうか(笑)
裏の意味とかを読み取る必要はないから楽ではあるんですけどね。
連歌会(れんがえ)なんかで、即興で秀逸な下の句とか作るでしょ。
みんな天才だったんじゃないでしょうかね(笑)
で、そこそこ教養がないと理解もできないわけでしょ。
教育レベルが高かったんでしょうね。
まあ庶民はまだ文字の読み書きはできなかったと思うんですけど、一部の貴族とか僧侶は、かなりのインテリだったと思われますね。
室町時代とかになってやっと広まってきて、江戸時代にもなると寺子屋などが普及して、識字率は9割あったと言われているんですよね。
外人が日本に来て、最初に驚くのは、木と紙でできた小屋に住んでて汚い恰好した農民でも、読み書きができて論理的で合理的な思考ができることだったらしいですからね。
武士のような支配階級と平民で、身分に格差はあったけど、教育程度の格差は少なかったそうですね。
外国では、文字が書ける人なんてのは貴族や僧侶など一部の人だけでしたからね。
今でも、先進国でも、日本ほど識字率の高い国は少ないんです。
全く勉強しないで大人になってしまう人がいるということですね。
そう言えば、こないだ、車に乗ったら、カーナビが「今日は生麦事件の日です」とか言ってました。
生麦生米生玉子という早口言葉が出来た日ではないんですよね。
イギリス人が、横浜の生麦で、薩摩藩の大名行列の前を横切ったので、そのイギリス人を殺したんですけど、それが生麦事件ですね。
何しやがるってイギリスが怒って、幕府に賠償金の支払いと犯人の処刑を要求したんですけど、幕府は薩摩藩に言えって突っぱねて、しょうがないからイギリスは軍艦6~7隻を横浜から鹿児島湾に突入させたんですよね。
しらばっくれてたんですけど、イギリス軍は薩摩藩の軍艦をかっぱらったりしたんですよ。
それを戦線布告と受け取って、イギリスの軍艦に大砲をぶっ放したんですね。
で、何発か当たって、撃沈はできなかったにしても、何人か犠牲者が出たんですよ。
イギリス軍も応戦して、まあ街とかは焼き払われたりもしたんですけど、イギリスよりかは人的被害は少なかったそうなんです。
軍艦の燃料とか弾薬が切れたから、1週間くらいで横浜に帰ったんですけど、幕府が調停に乗り出して、幕府がお金貸すからそれで賠償金を払えってことにして、薩摩藩も戦争を通じてイギリス軍の強さがわかったのでイギリスの軍備を購入しようとして、イギリスとしても武器が売れるんだったら美味しいから、仲良くしましょうってことで和解したんですね。
薩摩藩は、幕府から借りたお金は踏み倒したそうですね。
どんどん買うでしょ。
その武器の扱い方もイギリスに留学させて学ばせたりして、薩摩藩は近代兵装を持つ国になっちゃったんですよ。
そのうち薩長同盟なんてことになっちゃって、幕府を倒したんですね。
関ケ原の戦いで西軍に属して、領地を大きく減らした国が、同盟を組んで江戸の幕府を倒したんですね。
初期の明治政府の要人は、鹿児島県か山口県の出身者が多かったんですけど、そういうことなんですよね。
よく、攘夷派だったけどイギリスと戦って開国派になったって言う人がいますけど、薩摩藩主の島津久光はバリバリの開国論者だったみたいですね。
イギリスと揉め事起こしたのは、攘夷だったからではなく、日本の法律に内政干渉してきたのが許せなくて、それを大義名分としていたからだったようですね。
無礼討ちなんだから当たり前だろと。
大名行列の前を横切ったりしたら、その大名よりも偉い人以外は殺されても仕方ないってことは、イギリス人にも伝わっていたはずだったらしいんですよね。
それでもナメて横切ったりしたんだから、薩摩藩の言い分も正しいんですよ。
イギリスでは、偉い人の行列の前を横切ったくらいで殺されるなんてことはないから、イギリスの法律に照らしてみれば、殺したやつが悪いって思うんですけど、まあイギリスから見たら日本なんてのは世界の端っこの未開の土人の国みたいなものだから、強いこと言えば従うと思ってたんでしょうね。
軍艦を鹿児島湾に突入させましたけど、軍艦を見せれば怖気づくと思ってたらしいんですよ。
それが攻撃してきやがったわけでしょ。
戦争になるとは思ってないから軍人以外の人も乗せてきちゃったりして、大変だったみたいですよね。
まあ薩摩藩はバーサーカー集団ですからね。
薩摩示現流って知ってますか。
キエーなんて奇声を発して、思いっきり上から刀を振り下ろすんですよ。
一太刀で相手を戦闘不能にしようっていう考えなもんで、そもそも攻撃大好きっていうか、武士なら普段から訓練ばっかやってて、ヤバい集団なんですよね(笑)
あんな日本の、しかも九州の一番端っこなのに、いつか来る倒幕戦争のために、200年以上準備してたんですよね。
転封とかされなくてよかったですよね。
みんなだいたい転封されてたでしょ。
徳川家康だって伊達政宗だって、上杉だって佐竹だって転封は経験しています。
栄転ならいいけど、減らされての転封はきついですよね。
毛利氏だって、元々は安芸の国の国人ですから、本国は今の広島県なんですよ。
関ケ原の結果、大内氏から奪った長門国と周防国、今の山口県のエリアだけになっちゃったんですよね。
安芸の国には、いろいろあって、後で福島正則が入ったんですよね。
で、取り潰されたんですよね。
秀吉が中央で実権を握った頃、島津氏は、ほぼ九州全土を手中に収める段まで行ったんですけど、秀吉の九州征伐によって、今の鹿児島県のあたりだけにされちゃったんですよね。
本領安堵ってことで、最近になって武力で奪ったところは明け渡せってことになったんです。
流石に人口とか資金力とか技術力とか、中央には勝てなかったんですね。
今の熊本県の肥後国には、いろいろあって、加藤清正が入ったんですね。
毛利みたいにさっさと秀吉と同盟結んじゃえばよかったんですけど、まあ正確な情報とかもわからないでしょうからね。
毛利は同盟を結んだので、山陽と山陰の大きな領地ははそのまま残してもらえました。
北条氏にとってもそれは同じですね。
秀吉は日本の政治と経済と権力の中心を抑えちゃってるんだから、当時ド田舎だった関東では強かったかも知れないけど、もう勝ち目はないことを見誤った感はありますよね。
北関東のほうはわかりませんけど、早々と仲良くしておけば、伊豆、相模、武蔵くらいは残してもらえたと思うんですよね。
まあ天正壬午の乱とかで、徳川や上杉とも武田の旧領の件なんかで色々あったと思うんですけど、出遅れたんだからヘタに色気出さないで、拡大よりも確保で動いてたらよかったかも知れませんよね。
氏康だったらうまくやってたかも知れません。
その10年くらい前に亡くなっちゃってましたからね。
氏政は、後北条氏の最大版図を築いたんですけど、あまり名君と言われることがないのは、時流の流れを読み違えたり、惣無事令の後で真田の領地に攻め込んで名胡桃城を奪取したりして、秀吉の軍勢を呼び込んで滅亡させたからだと思いますね。
当主の氏直は殺されずに済みましたけど、滅びの運命を引き受けることになったし、他の四代の先祖と比べて認知度も低くてかわいそうですよね。
武田氏が滅亡して、その直後に織田信長と当主の信忠がこの世を去るんですね。
その後、誰もこれと言った大名がいなくなった甲斐と信濃を巡って、天正壬午の乱が起きるんですけど、こりゃこの後秀吉が天下人になるなって、思えたかどうかなんですよね(笑)
まあでも当時は自分のとこだけで精いっぱいでそんなこと考えてる場合じゃないし、いくら有能な武将ったって出自が農民だったことは有名だったろうし、当時の諸大名にとっては、本当に難しい舵取りを強いられた時代だったと思います(笑)
戦国時代とか明治維新とか戦後とか、本当に大変な時期だったんでしょうね。
そういうのがないようにしないとですね。
今政権交代なんかあっても、当時みたいに、常識や国としての在り方自体が変わるわけではないですからね。
ま、武力革命なんかしようとする人は、テロリストと認定されます。
テロ行為もダメだし、外患誘致なんてのは執行猶予も有期刑も無しで、有無を言わさず死刑です。
世の中の仕組みを変えようと崇高な目的意識を持つことは勝手ですけど、そういうことにはならないよう、気を付けましょうね(笑)
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セブンイレブンのチーズカレーパンを買ってみました。


見た目は普通。

やたらふっくらしているので、風船のようになってるんでしょうね。
齧ると潰れるので、食べやすくなります。
チーズ感はないですね。
出てきた(笑)

あっためないとダメでしょうね(笑)
糸引く感じじゃないと、チーズ入ってるとは言えないですからね(笑)
やきそばパンなんかと一緒に棚に陳列されてるやつよりも辛い印象があったんですけど、そこまでは辛くないですね。
カリカリ感もあっていいですね。
パンって言いますけどドーナツですからね。
揚げ物です。
古典のとき、「春は揚げ物」ってよく言いましたよね(笑)
「春はあげぽよ」は流行りましたけど、もう誰も言わなくなりましたね。
言っても失笑をいただくだけですからね。
あれ、普通に随筆だからですけど、古文で五七五になってないの、違和感ありますよね(笑)
源氏物語も竹取物語も平安期の文章なんでしょ。
平家物語とか徒然草とか方丈記あたりになると別にそうは思わないんですけど、いかにも平安時代な文章だと、五文字と七文字の組み合わせじゃないと気持ちが悪いっていうか、慣れるまで少しだけ時間を要するっていうか(笑)
裏の意味とかを読み取る必要はないから楽ではあるんですけどね。
連歌会(れんがえ)なんかで、即興で秀逸な下の句とか作るでしょ。
みんな天才だったんじゃないでしょうかね(笑)
で、そこそこ教養がないと理解もできないわけでしょ。
教育レベルが高かったんでしょうね。
まあ庶民はまだ文字の読み書きはできなかったと思うんですけど、一部の貴族とか僧侶は、かなりのインテリだったと思われますね。
室町時代とかになってやっと広まってきて、江戸時代にもなると寺子屋などが普及して、識字率は9割あったと言われているんですよね。
外人が日本に来て、最初に驚くのは、木と紙でできた小屋に住んでて汚い恰好した農民でも、読み書きができて論理的で合理的な思考ができることだったらしいですからね。
武士のような支配階級と平民で、身分に格差はあったけど、教育程度の格差は少なかったそうですね。
外国では、文字が書ける人なんてのは貴族や僧侶など一部の人だけでしたからね。
今でも、先進国でも、日本ほど識字率の高い国は少ないんです。
全く勉強しないで大人になってしまう人がいるということですね。
そう言えば、こないだ、車に乗ったら、カーナビが「今日は生麦事件の日です」とか言ってました。
生麦生米生玉子という早口言葉が出来た日ではないんですよね。
イギリス人が、横浜の生麦で、薩摩藩の大名行列の前を横切ったので、そのイギリス人を殺したんですけど、それが生麦事件ですね。
何しやがるってイギリスが怒って、幕府に賠償金の支払いと犯人の処刑を要求したんですけど、幕府は薩摩藩に言えって突っぱねて、しょうがないからイギリスは軍艦6~7隻を横浜から鹿児島湾に突入させたんですよね。
しらばっくれてたんですけど、イギリス軍は薩摩藩の軍艦をかっぱらったりしたんですよ。
それを戦線布告と受け取って、イギリスの軍艦に大砲をぶっ放したんですね。
で、何発か当たって、撃沈はできなかったにしても、何人か犠牲者が出たんですよ。
イギリス軍も応戦して、まあ街とかは焼き払われたりもしたんですけど、イギリスよりかは人的被害は少なかったそうなんです。
軍艦の燃料とか弾薬が切れたから、1週間くらいで横浜に帰ったんですけど、幕府が調停に乗り出して、幕府がお金貸すからそれで賠償金を払えってことにして、薩摩藩も戦争を通じてイギリス軍の強さがわかったのでイギリスの軍備を購入しようとして、イギリスとしても武器が売れるんだったら美味しいから、仲良くしましょうってことで和解したんですね。
薩摩藩は、幕府から借りたお金は踏み倒したそうですね。
どんどん買うでしょ。
その武器の扱い方もイギリスに留学させて学ばせたりして、薩摩藩は近代兵装を持つ国になっちゃったんですよ。
そのうち薩長同盟なんてことになっちゃって、幕府を倒したんですね。
関ケ原の戦いで西軍に属して、領地を大きく減らした国が、同盟を組んで江戸の幕府を倒したんですね。
初期の明治政府の要人は、鹿児島県か山口県の出身者が多かったんですけど、そういうことなんですよね。
よく、攘夷派だったけどイギリスと戦って開国派になったって言う人がいますけど、薩摩藩主の島津久光はバリバリの開国論者だったみたいですね。
イギリスと揉め事起こしたのは、攘夷だったからではなく、日本の法律に内政干渉してきたのが許せなくて、それを大義名分としていたからだったようですね。
無礼討ちなんだから当たり前だろと。
大名行列の前を横切ったりしたら、その大名よりも偉い人以外は殺されても仕方ないってことは、イギリス人にも伝わっていたはずだったらしいんですよね。
それでもナメて横切ったりしたんだから、薩摩藩の言い分も正しいんですよ。
イギリスでは、偉い人の行列の前を横切ったくらいで殺されるなんてことはないから、イギリスの法律に照らしてみれば、殺したやつが悪いって思うんですけど、まあイギリスから見たら日本なんてのは世界の端っこの未開の土人の国みたいなものだから、強いこと言えば従うと思ってたんでしょうね。
軍艦を鹿児島湾に突入させましたけど、軍艦を見せれば怖気づくと思ってたらしいんですよ。
それが攻撃してきやがったわけでしょ。
戦争になるとは思ってないから軍人以外の人も乗せてきちゃったりして、大変だったみたいですよね。
まあ薩摩藩はバーサーカー集団ですからね。
薩摩示現流って知ってますか。
キエーなんて奇声を発して、思いっきり上から刀を振り下ろすんですよ。
一太刀で相手を戦闘不能にしようっていう考えなもんで、そもそも攻撃大好きっていうか、武士なら普段から訓練ばっかやってて、ヤバい集団なんですよね(笑)
あんな日本の、しかも九州の一番端っこなのに、いつか来る倒幕戦争のために、200年以上準備してたんですよね。
転封とかされなくてよかったですよね。
みんなだいたい転封されてたでしょ。
徳川家康だって伊達政宗だって、上杉だって佐竹だって転封は経験しています。
栄転ならいいけど、減らされての転封はきついですよね。
毛利氏だって、元々は安芸の国の国人ですから、本国は今の広島県なんですよ。
関ケ原の結果、大内氏から奪った長門国と周防国、今の山口県のエリアだけになっちゃったんですよね。
安芸の国には、いろいろあって、後で福島正則が入ったんですよね。
で、取り潰されたんですよね。
秀吉が中央で実権を握った頃、島津氏は、ほぼ九州全土を手中に収める段まで行ったんですけど、秀吉の九州征伐によって、今の鹿児島県のあたりだけにされちゃったんですよね。
本領安堵ってことで、最近になって武力で奪ったところは明け渡せってことになったんです。
流石に人口とか資金力とか技術力とか、中央には勝てなかったんですね。
今の熊本県の肥後国には、いろいろあって、加藤清正が入ったんですね。
毛利みたいにさっさと秀吉と同盟結んじゃえばよかったんですけど、まあ正確な情報とかもわからないでしょうからね。
毛利は同盟を結んだので、山陽と山陰の大きな領地ははそのまま残してもらえました。
北条氏にとってもそれは同じですね。
秀吉は日本の政治と経済と権力の中心を抑えちゃってるんだから、当時ド田舎だった関東では強かったかも知れないけど、もう勝ち目はないことを見誤った感はありますよね。
北関東のほうはわかりませんけど、早々と仲良くしておけば、伊豆、相模、武蔵くらいは残してもらえたと思うんですよね。
まあ天正壬午の乱とかで、徳川や上杉とも武田の旧領の件なんかで色々あったと思うんですけど、出遅れたんだからヘタに色気出さないで、拡大よりも確保で動いてたらよかったかも知れませんよね。
氏康だったらうまくやってたかも知れません。
その10年くらい前に亡くなっちゃってましたからね。
氏政は、後北条氏の最大版図を築いたんですけど、あまり名君と言われることがないのは、時流の流れを読み違えたり、惣無事令の後で真田の領地に攻め込んで名胡桃城を奪取したりして、秀吉の軍勢を呼び込んで滅亡させたからだと思いますね。
当主の氏直は殺されずに済みましたけど、滅びの運命を引き受けることになったし、他の四代の先祖と比べて認知度も低くてかわいそうですよね。
武田氏が滅亡して、その直後に織田信長と当主の信忠がこの世を去るんですね。
その後、誰もこれと言った大名がいなくなった甲斐と信濃を巡って、天正壬午の乱が起きるんですけど、こりゃこの後秀吉が天下人になるなって、思えたかどうかなんですよね(笑)
まあでも当時は自分のとこだけで精いっぱいでそんなこと考えてる場合じゃないし、いくら有能な武将ったって出自が農民だったことは有名だったろうし、当時の諸大名にとっては、本当に難しい舵取りを強いられた時代だったと思います(笑)
戦国時代とか明治維新とか戦後とか、本当に大変な時期だったんでしょうね。
そういうのがないようにしないとですね。
今政権交代なんかあっても、当時みたいに、常識や国としての在り方自体が変わるわけではないですからね。
ま、武力革命なんかしようとする人は、テロリストと認定されます。
テロ行為もダメだし、外患誘致なんてのは執行猶予も有期刑も無しで、有無を言わさず死刑です。
世の中の仕組みを変えようと崇高な目的意識を持つことは勝手ですけど、そういうことにはならないよう、気を付けましょうね(笑)
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