こんにちは。宮本です。

マックの期間限定商品、チキンタツタのちょっと辛いバージョンが出ているので試してみましたよ。
タレタとか言うんですね。

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とんがったパンがチキンタツタのアイデンティティですね。

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最近、マックって、江口とかバベポとか、変な名前の商品が増えましたよね。

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タツタはパンが柔らかいんですよね。
チーズのおかげで、ちょっとこってり気味。

そんなに辛くはなかったですね。

このときのポテト、3センチくらいのクズばっか。
長いポテトは半分もありませんでした。

物凄くムカつきましたね。
短いのが好きな人もいるんだとは思いますが、私は長いほうが好きなんです。
短いと、ちょっと時間経っただけでカチカチですからね。

で、短いとこぼれるので、車の、狭い隙間に入っちゃうんですよね。

で、相当経ってから、発見されるんですよね。
そんなに毎週のように掃除機かけませんからね。
ちょっと砂とかが目立ってきたら洗車のときにかける程度。

いつのポテトかわからないのに、腐ってないんですよね。

家の中でもそう。
食器棚の下なんかに、数か月前のポテトが落ちてた時も、腐ってなかったんですよね。
ゴキブリやネズミも食わないんです。
ま、いないんでしょうけどね。

亡くなった父が、うちでミカン農家をやる前は農業の研究者で、ジャガイモが腐らなくなるような研究してたって聞いたことありますが、ここまで腐らないのはすごいですよね。

研究してたの、60年くらい前でしょうけどね。
小麦から色素を取って、それで染めた布とか作ったそうで。

話をあまりしなかったですし、私がそういった研究に興味を持てるほど大きくならないうちに亡くなったので、どういう研究だったかは知りません。
バイオテクノロジーとか、そっちの研究だったのかも知れません。

北大からミシガン大学、ドイツにも行ってたって聞きましたが、なんでミカン農家やってたのか不思議ですね。
フルブライトっていう奨学金で行ってたらしいので、優秀だったのでしょう。
某大学から先生にならないかって言われてたんですが、断ったらしいです。

けっこう有名な人だったのかも知れません。
外人が遊びに来たりしましたしね。
英語を普通に話してましたね(笑)

そう、英語はちょこちょこ教えてくれましたね。
中学校にあがって英語を勉強することになったとき、「あ、お父さんの英語、意味、間違ってなかった」と思いました(笑)

多分、潰された系でしょうね。
いろいろあるんでしょう。
そういうところで上に行くときっていろいろあるようなことを、ドラマなんかでやってますもんね。

ま、うまくいってたら、私もこんなではなかったかも知れませんね(笑)

日本人の建設会社の社員の娘である母と結婚することもなかったはずですので、私が生まれていなかった可能性が非常に高い(笑)

母の両親は兵庫県なので、小学校くらいから箱根に住んでいましたが、親が関西弁なので、最初は言葉で苦労したそうです。
父は旧制中学校までは小田原にいたと思いますが、それから30過ぎまで小田原にはいませんでしたから、両親ともに、小田原弁を話さない人だったんですけどね。

家族で、私が一番、小田原弁が強い(笑)

友達の影響ってすごいですよね。
友達の中でも、私が一番酷そう(笑)

「おじいちゃんと話してるみたい」だって。

私より上の人なら、実はみんな上手ですけどね。
しかしながら、私より流暢に小田原弁を操る人、若い世代にはいなそうです。

送り迎えや授業参観なんかで小学校に行きますが、子供が小田原弁、話さないんですよね。
小田原の中でもディープな地域である、久野なのに。

もう、久野も、外から来た人が大半なんでしょうね。
時代は変わっていくんですね。

長くなったので、今日はここでぶった切って終わりにしますね。




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